相手の感情を理解できないと言われたとき|大人ASDの私が感じたズレ

恋愛・人間関係

これまでの恋愛の中で、何度か言われたことがあります。

「なんで気持ちがわからないの?」
「もう少し考えて会話してよ」
「本質からズレた会話しないで」

そのときは正直、
何を言われているのかよく分かりませんでした。

ちゃんと聞いてるし、会話もしてるつもり。
無視してるつもりもない。

(いや、むしろちゃんと向き合ってる側なんだけど?)

でも、大人になってから自閉スペクトラム症(ASD)と診断されて、
この言葉の意味が少しだけ分かるようになりました。

この記事では、
「感情がわからない」と言われたときに感じていたことや、
後から気づいたズレについて書いてみます。

言われたときの正直な気持ち

「気持ちがわかってない」
「思いやりがない」

と言われたとき、まず思うのは

「思いやりあるけどな、ちゃんと考えてるけどなぁ」

です。

ちゃんと話は聞いてるし、
言われたことも理解してるつもり。
相手の要望にも応えているつもり。

でも相手は納得していない。

この時点で、もうズレてるんですよね。

実際にあった会話のズレ

例えば、相手が仕事で嫌なことがあったと話してきたとき。

私は

「それってこういうこと?」
「こうすればよかったんじゃない?」

みたいに、
内容を整理したり、解決しようとすることが多いです。

(少しでも楽にしてあげたい、の気持ち)

でも相手が求めていたのは

・共感
・気持ちに寄り添うこと

だったりします。

それに気づかずに

「で、結局どうしたいの?」
と話を進めてしまう。

相手からすると

「いや、まだそこじゃない」
「まず気持ち聞いてほしい」

ってなる。

こっちは“問題解決フェーズ”入ってるのに、
相手はまだ“気持ち共有フェーズ”

ステージが違うんですよね。

行動してるのに伝わらない問題

もう一つ印象的だったのがこれ。

相手が仕事でしんどくて、メンタル的に落ちていたとき。

私は

・家事をやる
・負担を減らす

みたいに、行動でサポートしていました。

(これ絶対助かるやろ、って思ってた)

でも相手は
「なんでこんな状態なのに何も言ってくれないの?」
と不安になっていたそうです。

求めていたのは

「どうしたの?大丈夫?」

この一言。

いやいや、やってるやん。行動で。
と思いつつ、

“行動”と“言葉”は別物らしい

ここで初めて気づきました。

「理解」と「共感」は違う

自分の中では
理解できてる=OK
だと思っていました。

でも実際は違っていて
理解と共感は別

事実は理解できる
でも感情が追いつかない

この状態が多かったんだと思います。

比喩とか察して系、むずすぎ問題

もう一つ大きかったのが、
遠回し・察して系

例えば
「ちょっと疲れてるかも」

これ、私は
「疲れてるんだな」
で終わります。

でも相手は
「気づいてほしい」
「気を遣ってほしい」
まで含んでいることがある。

いや、追加情報多くない?ってなる。

さらに、
「大丈夫?」って聞いて
「大丈夫」って言われたら
じゃあ大丈夫か、で終わる

でも実際は
全然大丈夫じゃない

このゲーム、難易度高すぎません?って思ってました。

あと、いわゆる「察してほしい」系のやりとりも正直かなり苦手です。
女の子同士の“察して文化”も昔からできなかったです。

言葉にされていない部分を読み取るのが前提になっていると、
どこまでがヒントで、どこからが答えなのか分からなくなるんですよね。

悪気がないからこそしんどい

一番しんどかったのは、
悪気がないこと

わざとじゃない
無視してるわけでもない
むしろちゃんと向き合ってるつもり

それなのに
「分かってくれない」
「何回言っても変わらない」
と言われる。

最終的には
「どうせ言っても無駄」
と言われるようになる。

今思うこと

ASDと診断されてから、
「こういうズレが起きやすいんだな」
と理解できるようになりました。

今でも
・とりあえず共感を先にする
・すぐ解決しようとしない
このあたりを意識しています。

(毎回できてるとは言ってない)

正直、まだ全然うまくできません。

でも、
何も分からずにズレ続けてた頃よりはマシ
くらいの感覚です。

まとめ

「感情がわからない」と言われる背景には

・理解と共感の違い
・言葉の受け取り方の違い

こういったズレがありました。

今でも難しいと感じることは多いですが、
少しずつ気づけるようにはなってきました。

同じように悩んでいる方にとって、
「それな」って思える部分があれば嬉しいです。

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