24歳で自閉スペクトラム症と診断されたときの気持ち|大人ASDの体験談

日常・気づき

私は24歳のとき、病院で「自閉スペクトラム症(ASD)」と診断されました。

正直、その瞬間は
すごく驚いたわけでも、強いショックを受けたわけでもありません。

むしろ
「やっぱりそうだよね〜」
という気持ちの方が近かった気がします。

これまでなんとなく気になっていたことや、
こだわりの強さ・悪い性格の部分(?)について
「特性ね!」
となったのを覚えています。

診断される前から感じていた違和感

「違和感」というほどのものでもないのですが(笑)

子どもの頃から
・サバサバした性格
・一人の方が好き
・こだわりの強さ

など、
性格だから治らない(もしくは直せない)と思っていた部分がありました。

子供の頃から感じていた特徴はこちらの記事でまとめています

大人になってからは、人間関係で悩むことが増えました。

・雑談がうまくできない。
・相手が何を求めているのかわからない。
・会話が続かない。

周りの人は自然にできていることが、
自分にはとても難しく感じることがありました。

それでも当時は
「性格だし仕方ないよね〜。別に困ってないし」
と考えていました。

病院に行こうと思ったきっかけ

自分の特性について真剣に考えるようになったのは、
恋人との会話がきっかけでした。

私は会話の中で、
相手の話を「聞く」ことが多いタイプです。

話したいことがあるなら話してくれればいいし、
特に話すことがなければ沈黙でも問題ない。

そう思っていました。

でも、それが相手からすると
「興味がない」
「会話が広がらない」
と感じられていたようでした。

じゃあ治そう、と動き始めたものの
これが全くうまくいきません。

雑談って何?
質問するって、何に対して?

ちゃんと受け止めているつもりだけど…?

動き始めて初めて
「できない」ことに気づきました。

実際に受けた検査

病院ではいくつか検査を受けました。

その中で印象に残っているのが、
言葉の共通点を考える問題です。

例えば
「敵対」と「友情」の共通点は何か

といったような質問です。

私はこういう問題がとても苦手で、
ほとんど答えられませんでした。

他にも

「単語の意味を答えなさい」

という問題もありました。

例えば

「朝食」の意味は?

と聞かれて
私は

「朝に食べるご飯のこと」

以外の言葉が出てきませんでした。

「どうせみんなもできないだろう」

と思い、後日何人かに同じ質問をしてみました。

するとみんな、
いろいろな言葉で説明してくれます。

そのとき思いました。

おいおい、まじか。

できないのは私だけじゃないか。

診断を聞いたときの気持ち

診断結果を聞いたとき、
大きなショックはありませんでした。

むしろ
努力で直そうとしていたことが、
怠けているからできないわけではない
という安心感がありました。

でも同時に、
努力をしても直せないのではないか
という不安もありました。

病院の先生に、こんな質問をしたことがあります。

「練習したら、相手の気持ちがわかるようになりますか。
普通に会話ができるようになりますか」

すると先生は、こう答えました。

「生まれつき足のない人に、自分の足で歩けと言うのは無理ですよね。
でも義足をつければ“歩く”ことはできます。

脳の作りが違うから、感情を自然に読み取るのは難しい。
でも、その対処法を学ぶことはできます」

そのとき私は思いました。

彼は普通の会話がしたいんです。
気持ちを読み取ってほしいんです。

じゃあ、無理じゃないですか。
そう思って、少し絶望を感じました。

診断されてから思うこと

ASDと診断されたからといって、
急に何かが変わったわけではありません。

でも
「どうして自分はこうなんだろう」
とずっと思っていたことに、
少し説明がついた気がしました。

今は、できないと諦めるのではなく
対処法を探しながら頑張っています。

考えてもわからないなら本を読む。
仕事の会話の中で少し工夫してみる。

まぁ、それでもまだまだなんですけどね。

工夫のひとつとしてブログを始めています。
こちらの記事で紹介しているのでぜひこちらもご覧ください。

まとめ

24歳でASDと診断されたことは、
私にとって大きな出来事ではありました。

でも、
人生が急に変わったわけではありません。

ただ
「自分を知るきっかけ」
にはなったと思っています。

これからも自分の特性と向き合いながら、
少しずつ生活を整えていきたいと思います。

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